"人図"をつむいで

3月の終わりにオーストラリアへ行き、環境と人の生活と建築の関係と、豊かな自然と豊かな生活に感動し、帰国一週間後に訪れた金沢で伝統工芸の素晴らしさと、文化があるという歴史の重みを初めて実感した。
ブリズベンは本当に素晴らしい所だった。皆が生活の中に、ごく自然に気取らず、構えることのない娯楽をもっている。それはいたるところで街の表情となってにじみ出て、建築にも表れる。

シドニーのオペラハウスはその圧倒的な存在感と、複雑な全体の形態からホールへのアプローチ、そしてタイルの割り付けにまで及ぶデザインの異常な射程に、自分は一体その入り口すら見ることができるのだろうかという未知の領域を感じた。
旅はいつも多くの価値観を揺さぶり、膨大な情報をいっぺんに投げつける。
それが豊かさへの第一歩と言えば言い過ぎな気もするが、帰国後に決めた朝早く起きるという習慣が自然に身に付き、九谷焼の文様がまだ時々頭を駆け巡る頃、今度はこのGWで北関東ー群馬・栃木・茨城ーを周ることになる。
レーモンド、磯崎新、妹島和世、隈研吾、野沢正光を見た。
群馬音楽センターはホールと二階のロビーが同じ原理で反復する折板構造の空間を二分しただけなのに、全然違う空間をつくっていることに驚いた。井上邸では、鋏状トラスが単なる意匠ではなく、資材不足・高騰等の諸問題を乗り越える中で生まれたテクノロジーだということを知って、衝撃を受ける。家具とか建具もすごくいい。

磯崎新はいつも全体像をバラバラに分解する。執拗にレトリカルで、スケールは人間を無視するかのように調整される。ただこの突き放すようなスケールは人間という主体と別の論理でできているように思えて、人間の身体性ばっかりが根拠になる建築のもつ「よけいなお世話感」に比べれば、今の僕は断然そっちの方に興味が湧く。群馬県立近代美術館と水戸芸術館を見て、広場の作り方がうまいと思った。

鬼石は今までにない不思議な空間体験と、何より建築家が建築を通してこの小さな街の在り方を、風景からも、人々の関係性からも大きく変えようとしていること、つまり枠組みの提案でもあることがすぐわかり感動。体育館で子供たちがバスケをし、孫をのせたおじいちゃんの自転車が建物の間の道を通り抜け、入り口で車をとめたおじさんたちが大声で話をしている。建物に沿った公園を散歩する夫婦がガラスの向こうに見え、管理人のおばさんが掃除をしている風景が同時にそれぞれに展開する。例えば平田さんの同時存在の感覚とはまさにこのことだ。作品集で見てた印象とはいい意味で全然違う。大きさも、周辺の公園や住宅との距離も、高低差も…
ただ雨漏りがあって、夏はものすごくものすごく暑いという話を聞くと野沢さんのような建築の方が住民には愛されるのかもしれない。チャレンジングと言えるのかどうかはわからないが、絵本の丘美術館は地元の素材を使った、こじんまりとしているが住宅のようになじみやすいものだった。

馬頭町広重美術館は最も良かったかもしれない。
確かにこの建築では、素材が建築の「存在」の問題に向き合うものとして最も先鋭化するというのが理解できる。新しい素材の使い方をテクノロジーのレベルで、今後も反復可能なものとして、かつデザインのレベルにも引き上げるというのはどういうことか目の当たりにした。ルーバー、深い庇、庇高さ、ガラス、和紙、が無駄なく、無理無く調整されている「うまさ」を強く感じる。
そこで「自然な建築」を買った。思ったより最近の本だった。「建築を存在として捉え直す」という言葉が気にいった。必ずいつも素材というかたちで存在の問題に向き合えるのか?という疑問はあるが、それについてはまた別に考えることがあるので今は伏せておこう。
大学2年のとき、造形演習という授業で「秘密」について考え作品をつくったことがある。
「情報として僕が受け止めることができた時点で、それはもう秘密ではないのです。秘密は僕自身、あなた自身のものであって、情報として出力されるものではないからです。僕にとって秘密とは、”僕の秘密”でしかあり得ない。どこで誰とつながっているか。僕自身もわからない。僕にしか感知できない。誰もが持つたった一つだけの秘密。一枚の地図とその余白。言うなればそれは、人と人とを結んだ僕だけの人図。」

隈研吾、井上房一郎、タウト、ターナー、ライト。。
”人図”がこの旅と本をきっかけにまた回り始めた。

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