百年記念館展示室の改修が、ほぼ完了した。
今日はその打ち上げ。
坂本先生のTTF建設に伴い、百年記念館の会議室機能をすべてTTFに移動し、その代わりに百年記念館を博物館として改修する手伝いを、半年くらいさせてもらっていた。複雑なレーザに関するパネルをつくったり、巨大な真空管の撮影をしたり、特に最後は日程もぎりぎりで、研究室の作業の合間をぬっての作業はストレスに感じることもなかったわけではないが、完成した展示室を見て喜びもひとしお。建築学科で、面発光レーザや水晶の反射角度について語れる人はなかなかいないだろう。春にはオープンらしいので、みんな一度は見に行ってもらいたい。今度ちゃんと写真を撮りに行かなくては。
塩崎さん行きつけの、新橋の居酒屋で一次会。料理も酒も本当に最高の店だった。色んな裏話から今の建築界についての話まで、研究室が違うと見方が違うのがおもしろくて、当たり前だと無批判に受け止めがちだったことが相対化され、はっとさせられる。都市を無批判に、楽観的に信じすぎてるのではないかという最近の塚本研の傾向は、自分自身少し戸惑いを感じていたし、都市とはなにかを再考するタイミングなのかもしれない。
二次会は銀座に移動。再開発で姿を消すかもしれないという、とあるバーへ。これがなんと渡辺力と剣持勇が1953年に内装デザインしたという老舗バー。とても居心地がいい、肩の力が抜けたようないいバランスのデザイン。明かりのデザインが、暗すぎず、明るすぎずの絶妙なバランスで、それが家具を効果的に照らしたり、空間に奥行きを与えていたと思ったけど、照明まで当時のままかは聞きそびれた。ちょっとはかわってるかもなあ。テーブルとか椅子もいちいちシャープで気をひかれる。どれも現役だという。いいデザインでちゃんとつくれば、60年くらいの年月はあっと言う間に超えてしまうんだ。
年上の大先輩に連れられて、銀座のバーもいい経験だったし、すごく楽しかった。自分が長男だからか、そして親父もなれなれしくできるきさくな父親というよりも、黙っておれの背中を見ろみたいな人だからか(笑)、年上やおにいちゃん的な人に甘えるのがどうも苦手だが、やっぱり大人はおもしろい。そしてひょいひょい都市を渡り歩いて、例えば今回のバーみたいに、名作といわれる空間に、いとも簡単にコミットしてしまえるあたり、東京はやめられないなあと、思ったりするのだ。
休日復帰
先週初の修論ゼミ終了とともに、変な風邪にやられて週末寝込んでしまった。
槇さん漬けだった先週だったが、先生にあっさりと指摘されて反省。
群建築、グループフォームの概念をとらえるにあたって、単体の建築の中だけで用いられてきた建築言語を見直し、複数の建築群や環境を構成する「空間言語」として見いださなければならない、という槇さんの話が面白いと思ったのだが、そこで槇さんが概念的に説明していた「空間言語」は水平面とか垂直要素、垂直面だとか、あくまでもモダニズム(特にカルテジアン座標)の域を出ないということ。(槇さん自身はモダニズムで良いとはっきり言っている)そして今自分がやろうとしている、ある全体性を生み出すためには、振る舞いだとか、やり方だとか、そういうものを導入しなければならないこと。最近興味を持ってずっと読んでた建築の自律性とか建築的秩序とか、そっちに少し引きずられすぎてたな。
今は、グループフォームは頭の隅においときつつ、気候という側面から全体性につながりやすい北海道の建築について調べ中。日本の北国の中でも特に北海道は、明治初期の開拓が19世紀後半だから、独自の建築文化が育つ時間がほとんどないままに近代化が覆いつくしてしまったわけで、本来なら気候についてあれこれ考えるだけでも面白い建築が生まれるはずなのに、そこを飛び越えてしまった感がある。集落のあり方で特筆すべきものも今のところまだ出てきていない。というわけで、まだまだこれから色んな提案がなされてしかるべき。気候と、人々の振る舞いや習慣と建築の間に、そして建築と街の間に、豊かな関係を生み出すための試みが、まだ手つかずの状態で残っているのだとしたら、これはまだやれることが色々ありそうだ。早速インタビューを手配して、研究を進めていこう。
今日は回復を祝って街へ。
21-21でクリスト&ジャンヌ。
これがなかなかいい展示で。包むというのは彼らの活動のある一部分でしかないのだけれども、包むことで対象との間に色んな距離をつくるのが面白くて、そのもののもつ特性が埋もれたり、際立ったり、ただの大きさと量にまで抽象化されたり、記号として純化されたり、鮮やかだった。建物を包むのだけだと思っていたから、単に異化の問題だけかと思っていたら、そうではなかったんだ。あとは時間と場所の問題か。彼らも「存在」についてとても敏感なのだろう。最近は存在の問題に触れているものがピンときておもしろい。ドローイングやコラージュが鬼かっこいい。表現はもちろん、サイトプランの置き方を教わりました(笑)それがまたうまくて。。
宮の森美術館作の旧パンフがとてもよくできていたので購入。
渋谷通に渋谷を案内してもらってお気に入りの店ができた。
今週は寝込んだ分取りかえさんと。
存在としての建築と槇文彦「空間に力を」
年明けから大分たっての更新になってしまった。
年明けからまた作業したり出かけたり、伊東豊雄×坂本一成×中山英之×長谷川豪各氏による「個人と世界をつなぐ建築」シンポジウムを見に行ったり、「Live Round About」を手伝わせてもらったり色々でしたが。あと面白い本をいくつか見つけたり。
そうこうしている間に一コ下の卒業設計も一段落。去年手伝ってくれた後輩も、東工大、他校含め色々と結果を報告してくれたりで、彼らはまあ全体的に気持ちよくやりきることができたようなのでとりあえずお疲れさまと言いたいです。いい加減打ち上げしてあげなきゃ。。
最近は「存在としての建築」ということを考えています。
それは「建築の知恵とはなんだ」問題とも、とても関係が深いと思っていて、建築の知恵とはなんだというのは、去年僕らが主宰させていただいた卒業設計展「diploma exhibition 2009」のシンポジウムを通して自分のなかで湧いてきた問いです。「社会と建築」という頻繁に起こる議論で特に違和を感じるのは、いつも話題が社会と「建築家」の関係に収束してしまうこと。建築家が社会の中でどう振る舞うべきかという議論は、問いのたてやすさもあって、それはそれで成り立つのはわかる。ただその議論の中で言われる「建築」はいつもすごく矮小化されて気の毒だ。といつも思う。建築は道具じゃない。社会のための道具でも、環境のための道具でもない。建築は、社会や環境そのものをつくるひとつの存在だ。と捉えることで開かれる議論があるんじゃないかと思っている。
別に建築が特別に偉大だと思っているわけではない。情報社会に打ち勝つとか資本主義に打ち勝つとかそういうことを主張するつもりも一切ない。というかそういうものと対になるものじゃない。いつでもそれらの一部としての建築でしかあり得ないから。ただ建築には長い時間のなかで蓄積されてきた膨大な知恵がある。それは建築言語だったり建築の慣習的な要素だったり様々なものがあると思うが、そういうものをおきざりにした「建築」が、いつも議論のなかでむなしく振り回されているように見える。「Live Round About」で磯崎さんが「ビルディングとしての建築」ではなくて「概念としての建築」をと言ったのも、その半分はそういうことなのではないだろうか。
おそらくバブル期の「ハコもの」への自戒と反省をひとつのきっかけとして、ある時期から弱い建築が主張されだした。でもそこで建築家が距離をとろうとしたのは、自然や社会や人間を傲慢なままに支配しようとした、制度としての建築であって、存在としての建築ではなかったはずだ。建築は、人間や植物や動物が寄り添ったり、包まれたりするような、大木のような自然のような存在でいい。
自分の卒制が一通り済んで、diploma exhibitionのフリーペーパーでかいた「身体性を超えて」という文章から少しづつ考えてきて、人間の身体感覚に依存しすぎない、おおらかな建築のもつ自律(自立)性とか秩序とか、そういうものに興味をもち、じゃあいわゆる古典建築ではどういうかたちで存在していたのかという興味を手がかりに「ウィトルウィウス建築書」とかアレキサンダー・ツオニス著「建築と知の構造」とかケネス・フランプトンの「現代建築史」とか読んだわけだが、この「建築と知の構造」という本がすごく面白い。
ウィトルウィウスの頃、前ー合理主義建築においては、
「建築設計のルールは、デザイン作品と《神聖モデル》をつなぐものと考えられていたから、建築の探求は、神聖モデルの構造の同定と、それを建築の内に実演する手だての発見であった。デザインが、《規範によって》いれば、あるいは神聖な典型に従っていれば、それは《真実》であり、《調和》であり完全であった。」
「つまり人構の空間は、神のモデルの三次元的翻訳であると規定された。典型と個別の等価性は幾何学によって保証されるものであるとされたから、幾何学はデザインの欠くことのできないものと考えられた。」とある。
でも神聖モデルが幾何学的な秩序に変換されたのは中世・ルネサンス期のヨーロッパの場合であって、必ずしもその対応だけが全てではないというのが面白い。例えばある部族は、人体になぞらえた家や集落の配置構成を神聖モデルとして建築がデザインされていた。風水とか家相というのもおそらくひとつの神聖モデル。
ルネサンスの終わり頃、17世紀中頃に、建築の形が神に由来を持つという信仰を疑う思想が起こってくる。そこで登場したフランスの建築家、クロード・ペローは前―合理主義から建築を解放するために、「神聖なる物への尊敬とそうでないもの」という区別立てを使った。神聖モデルを頭から否定せず、聖俗二本立ての世界観を提唱したところに巧みさがある。ここで、神聖モデルでも自然の模倣でもない美の基準として「独断の美」と呼び、それは「社会に固有に根ざす産出物」としての約束であり、市民法に極めて近い性質のものであるが、突き詰めれば、「習慣」で決まるものだ」とした。
ここから建築の慣習的な要素へと議論が接続できる。このペローの論理は見直す価値があるんじゃないか。すごく面白いと思う。(著者はこのペローの卓越した合理主義的デザイン思想が人間環境を産出するための新しい役割を放棄して、権力に奉仕するものへと変わり、「形態は機能に従う」という不毛な理論につながった、と述べている。)
これまでの話は建築の秩序と規範をかたちづくった思想についての考察で、現代に辿り付くのにもう少しかかりそうだけど、例えば植物の発生とかをアナロジーにしたアルゴリズムとかって、ひとつの神聖モデルに過ぎないんじゃないかとか、じゃあどうするっていう創作論にすごく深みを与えそうで面白い。
これからはついさっきの話。
建築家が空間とか言い出すと、ある人たちからはまたかよ、と揶揄されそうだけれども、(それをそれこそなにか神聖なものとして扱う態度に問題があるわけであって)、じゃあ誰が空間の話をするの?しなくていいの?っていうのが自分の考えだから、ずっと楽しみにしていて運良く行くことができました、槇さんの講演会「空間に力を」。
メタボリズム期のグループフォームから2010までの仕事を概観しながらの講演会はとても貴重な体験。
キーワードは「群像形」「群と弧」「人間の普遍性」。
グループフォームの思想からわかるように、槇さんは建築と建築の間の空間(それこそ隙間、空間と呼ぶしか無い)を建築でどうデザインするかという興味を一貫してもっている。これはまさに都市空間のなかの建築を強く意識したもの。そしてその概念は、建築には外部と内部があるが、「空間に外部と内部の差はない」という新たな認識を打ち立てる。
今日の講演会で槇さんは、メタボリのテクノユートピアに対して、より個々の、そのままの人間によってできる都市というものにリアリティも可能性も感じていたいうのがはっきりした。そしてヒルサイドテラスを例に、群像形が重なりによる奥性、時間による人間の密度の変化ーそしてそれが周期的、つまりリズムーを内包する形式だということを話していて、鳥肌がたつ。
ただここで言うリズムは、どちらかと言うと短いスパン、例えば一日のなかで通りを歩く人の密度変化とかを指している。ただリズムが生む安心感を建築に内包しようという意図は強く感じた。
槇さんは自分でも言っていたように群像形を実践する機会に恵まれた。それがどのように群としてデザインされ、外部空間を支配しているのか、ちょっと探ってみようと思う。修論設計にあたって、なにかパタンランゲージ的なデザインコードに依存する提案というのとは違うやり方をしたいとずっと思ってきた。それは単に新しいものを、というよりは、パタンランゲージの面白さは感じていると同時に「なにか違う」感じがするからだ。それはまだはっきり言えないけれど、時間やリズムに関係があるかもしれないし、それこそ切り離された単語(パタンランゲージ)と「群」の間にある隔たりあたりにカギがあるような気もしている。
群と弧の話はとても好きで、槇さんの、祝祭空間と弧の空間のバランス感覚はいつも感動すら覚えるほどだ。スパイラルはそういう意味でも日本で最も重要な都市建築のひとつと思っている。
槇さんは空間の力として、人間の普遍性に触れるもの、人間に歓びを与えるものを挙げ、都市において何か共有できるもの、または建築の規範を見出せる基盤があるとすれば、sk0910の巻頭インタビュー「人間とは何かを考えながら建築をつくり続ける」でも語っていたように、人間としての共通感覚、そういった普遍性なのではないか。と締めくくった。それをわかりきったことだと切り捨てるか、現代においてそれを建築の方法として見出すか。
ペローの言う習慣と、それが建築を通して蓄積され型となった慣習、人間の普遍性。
次にやるべきことに少し近づいた気がする。
スペックにならない価値を求めて
実家に帰らない正月というのは、それはそれで穏やかでのんびりとしている。
街にはあまり人がいない。24時間営業の東急ストアは休みだ。ブックオフはやっているがなじみの古本屋は休み。スタバはあいている。盆栽の移動販売は姿を見せないが、big issueは売りにでている。。いつもとは少し違う自由ヶ丘。
相変わらず本を読んだりしている。
「データ、プロセス、ローカリティ」というテーマのシンポジウムが秋にあった。
建築設計のプロセスが、例えばBIMの登場などで大きく変わりつつあり(全部ひっくるめて言えば情報化なのだが)、そのような新しい技術が大量のデータや複雑な条件を、より簡単に扱うことを可能にしている。前提条件の複雑さをなるべくそのまま設計のプロセスに反映できるのなら、その条件の違いというものがもう少し、建築の形態なり建築の在り方に表れてくるかもしれない。だとすれば条件の違いを生み出す一つの元となっている、場所の違いやコンテクストの違いが差異を生み、ひいてはローカリティの違いを反映させた建築を生み出す可能性を見出せるかもしれない。タイトルと絡めると、そういう議論をしようという思惑が少なからずあったと思われる。話はみんなそれぞれ面白くて、山梨さんも中山さんも、スタンスの違いを強調しつつ、とても魅力的なプレゼンをした。
(残念ながら連続企画されていた、五十嵐淳さん参加予定の会は研究室の都合で参加できず.悔やまれる)
そこではっきりしたのが、一言で条件といっても、何を設計の条件として見出すかというところが人によって全然違うということ。自分自身、こいつはこうだ、という断定とか、単純な二元論は好きじゃないけど、あくまで傾向として言えば、やっぱり組織設計とか大手ゼネコンとかは、基本的にスペックが全てなんだと。だからスペックに関わる条件しか基本的に条件にならない。スペックというのが元々確固としてあって、それを向上させればいい。それは建物の性能としてとても大事で、大手はそのへんに対する信頼感と、それを実践する確かな技術力には圧倒的なものがある。一方でアトリエはおそらくはバブルの箱もの乱立のときに社会的な信頼を失ってしまったこともあってか、基本的にそういったスペックを抑えられないと思われているようだ。そっちは後回しというふうに見られがちである。
BIMの登場によって設計のさらなる効率化が起こると、大手ですら人員削減が必要になる。建築にたずさわる人はそんなに沢山要らない。そんな状況だとか弱いアトリエなんてますます窮地に追いやられるんじゃないか。
本当にそうだろうか。そうは思わない。
BIMは今のところスペックの向上に非常に向いている。スピードも含めて。図面をかけば立体が立ち上がり、温熱環境等の様々なシュミレーションも容易に行える。シュミレーションまでやったことはないが、図面作成の圧倒的なスピードアップは使ってみて肌で感じた。もう少し使いこなせるようになれば、例えばおそらく図面作成に関してなら、数人分の仕事は全部一人でこなせるようになる。最低限の資金さえあれば、「高性能住宅」は誰にでも簡単に作れるようになる。スペックの価値が既に決まっているのであれば、それはとても容易いことだ。「スペックが決まっていれば」。
最近は環境と関わる姿勢でさえも、省エネ指標という、わかりやすいが本質的かは少し疑いたくなるようなスペックに置き換えられようとしている。
建築家のもともとの仕事はその先にある。スペックなり価値をつくりだし、示すこと。その前提すらくつがえすこと。何気なく広がるクローバー畑さえも条件に入れてしまうこと。(住宅だからそういう条件にも目を向けられる、組織の扱う大きな建物と比べるのはおかしいという反論も、この例えに関しては一理あることは認める)それを住宅に参加する大事な主体のひとつとみなして豊かさに変えてしまうこと。種々の想像力、意味。そこに生まれる価値。
環境負荷に対するスペックを満たしていて、さらにそこには風や光や熱との詩的な戯れがある。そうであれば誰も文句は言うまい。というより豊かなことだ。あとはコストの問題か。
藤村さんが、北海道に学べということを言っていたのも、基本的なスペックをおろそかにしてはそもそも居住が成り立たない環境が、全ての建築家に前提として性能を求め、そのなかで新たな豊かさや価値、空間を思考することが建築の社会的な厚みを生み出している状況を指してのことだろう。
高性能の建物は誰もが短時間で作れるようになる。
その恩恵を利用して、既存のスペックをクリアしつつ、さらなる想像力と価値の探求に突き進めるとすれば、それは建築家にとっていいチャンスじゃないか、と思うのは、学生であるが故の楽観にすぎるのだろうか。
2010のほんの少し前
明けましておめでとうございます。
2009年最後粘ろうと思ったけど、やっぱりあっという間に明けてしまいました。
今年は久しぶりに東京での年越しだから、あんまり実感わいてませんが。
今年もよろしくお願いします。
さて、「年始の決意」はせめて初日の出を浴びてからにするとして。。
再販されたルドルフ・オルジアティの作品集がやっと届きました。
三時間くらいスタバで見入ってしまったけど、素晴らしい。本自体もかっこいいし。
超レア本だったということで自分には縁がないと思ってあきらめていたのに、まさか再販されるとは。ついでに篠原一男の作品集も再販されないだろうか。ボリュームの扱いとか立面のつくりかたとかが本当にいいなあと思う。あと階段の作り方がおもしろい。基本的なところは外してないけれど、チャレンジングでとても自由に見えます。「お面」の話じゃないけど、定型に則りながらの自由を良く体現している、彼の建築たちは。
忘年会で再会した友達が、三ヶ月のヨーロッパ旅行の成果、膨大なスケッチをまとめた一冊の分厚い本を見せてくれました。それがとても素敵で。彼はもともとスケッチがうまいというのもあるんだけど、旅の最初と最後では、スケッチの質が大きく変わっていて。絵の技術というよりは、何を線にするかというところが大きく違うのかな。本人も言ってたけど、何を書くべきかだんだんわかってきたと。
最近特に建築を実際に見に行きたいという衝動が強くて、年末に谷口吉生の法隆寺宝物館とか、その父吉郎のホテルオークラとか見に行ったけれど、その立派な本を通して、自分にとって、スケッチひとつすることの意味を改めて考えさせられた。
吉生さんはやっぱり、面が強くて、ファサードをきちんとつくる人だけど、今回新しく面白いと思ったのは、「大きな空間の体験的分割」という考え方。大屋根は大きいスケールだけれど、入り口の高さをかなり抑えたり、そういうところはきちんとしてるから、つらくない。そして「大きな空間の体験的分割」というのは、これから説明する一つの仮説。導線にしたがっていくと、その大きな空間に何回か、それぞれ別のかたちで再登場することになる。まずエントランスホールから入って、展示を見てるうちにブリッジとかでまたその空間にでくわして、最後にまた違うところからその空間に戻ってくる、といった具合に。それは何かこう、自分の身体の位置と空間との関わり方の想像力を、体験を通して埋め込むということなのではないかと思う。




ホテルオークラもすごく感動したけど、眠くなってきたので、改めてまた。
2010年は、まだまだ先だ。
前回の日記が一ヶ月前。
研究室で手伝わせてもらった住宅が、サイトで広告されて一段落。その直後に窓のリサーチ本が完成して、建築の”クリシエ”をテーマにしたエンリケ・ウォーカーのワークショップがあって、ある会社相手にプロジェクトのプレゼをして、映画を何本か集中して見て、何冊かの小説を読んで、1960年代以降の都市論を何冊かまとめ読みして、いくつか作品をつくって、突然始まったAAとのワークショップを楽しんで、彼らと別れたのが一昨日か。一ヶ月ちょっとはざっとこんな感じだろうか。
・分譲住宅のサイトはこれ。→http://www.yamatedai.net/hiraku/
実際には契約が完了してから実施設計に入る。
・窓のリサーチのまとめとして、今回は窓のもつコンセプトを抽出するということをした。コンセプトとして取り出せばそれは今度はそれがデザインの問題になることに気づく。窓のいろんな形式や大きさや厚さや、窓周辺のものとの関係は、その窓が何を扱い、何をしようとしているのか、どういう考えをもっているのかという視点でみると、いくつかのまとまりに見えてくる。この手続きは論文と同じだ。
で、原さんの「集落の教え100」はまさにコンセプトブック。あれは本当に面白くて、ほとんどのコンセプトは、人間のちっぽけな身体性なんかほとんど気にもとめないような、もっと大きな自然とか環境に対する知恵みたいなものとして提示されているところがいい。
そして先生によるコンセプトブック、「空間の響き/響きの空間」は色んなもののありかたやものとの関係についての想像力を開いていくことの驚きや豊かさ、知性が凝縮されている。「お面」と「居候」の考え方が好き。前者は定型の持つ豊かな意味や知恵を引き受けながら新しいものを生み出して行くことの楽しさと価値。後者は人間がある秩序をもった家に居候すると捉えることでより柔軟で寛容な、住宅と人間の新しい関係への眼差しについて。やっぱり何か人間が主役じゃなくてもいいような空間が、結局は人間にとっても息のつまらない、居心地の良さにつながるんじゃないかという考えは、卒業設計の時から続いているし、「deploma exhibition2009」のフリーペーパーに寄せたエッセイ、「身体性を超えて」というのは、そういうことに繋がっているんだと思う。
今はその辺の想像力をさらに切り開いて行くような、論考や言説を探しているところ。
・映画。「Les Parapluies de Cherbourg」、「life is beautiful」、「二十四時間の情事」、「我が教え子、ヒトラー」「The Shawshank Redemption」、「重力ピエロ」、「Cars」(笑)昔の名作とか全然見てないから、まだまだ時間がかかりそう。。
・AAとのWSはたった4日たらずだったけど相当楽しかった。実は想像以上に共通の意識を持ってて、誰と話してもここまでちゃんと建築の議論ができるとは思ってなかった。ロンドンには行ったことがないけれど、問題意識としてどこか似たものを共有しているんだろうなあ。
このWSは結果的に最終的なアウトプットもチームによって様々で、リサーチを通してどう都市を読んだかというような知的ゲームをするところもあれば、割に具体的なプロジェクトを提示するというのもあって、でもまあどのチームもとても興味深かった。「フォトコラージュ」が方法のしばりであったが、コラージュをつくりながら都市を読むというのは、まさに都市のあり方に身をおくひとつのやりかたで、今までとは違った、「コンテクストを動的に捉える」という感覚に少し近い。
とにかくロンドンの連中がもたらしたこの知的な刺激は、年末気分のゆるみかけた頭にはそれなりに効いたみたい。
自チームのリサーチ対象地区だった品川周辺は、よくよく観察してみると、もう悲しさを通りこして開き直って笑っちゃうくらいダメダメな都市で、いろんなことがうまくつながらず、いろんな時間がうまく噛み合っていない、そう映る。でもそんなことはおかまいなしに超優良企業のオフィスが次から次へと集まるし、相変わらず交通の要所としての重要度は増すばかり。かたや何千という豚や牛がトラックで運ばれてきては、オフィスビルの建ち並ぶそのど真ん中で食肉に変えられて行く。モニュメンタルな東口の広場は、強い軸性をもった道路が海岸まで開けていれば、まだリスボンの矮小番くらいにみなしてもいいのかもしれないけど、実際見えるのは東洋水産のビルとまるちゃんのマークのみ。これはもう笑うしかない。色んな力は持ってるはずなのに。そこで自チームは食肉加工場をリニアに駅と高層オフィス群、運河を横断するようにつきさして、ばらばらに孤立しているものを無理矢理衝突させるという提案をした。品川みたいに時間をうまく都市のなかに内包できていない場所を、東京のなかでもう少し発見できるとすれば、修士制作は何かそういうことをテーマにやってみたい。そんなことを考えている。
そう簡単に2009は終わらせないぞ。
品川4発




月に水 -ある返答にかえて-
これは少し昔の話でもあり、少し真面目な”返答”である。
三大学合同好評会で岸健太賞を受賞したとき、岸さんから二冊の本をうけとった。
ひとつはテトラスクロール。バックミンスター・フラーが自身の思想を絵本というかたちでまとめた、なんとも不思議で示唆に富んだ本。フラーがどうやって世界に向き合っていたかがかかれているといっても大げさではないように思う。
もうひとつは「1984年」。1949年に出版されたジョージ・オーウェルの本だ。
抑圧された全体主義の行く先を描いた話。今はもう過去になってしまった、1949年からみた未来の1984年。その未来である1984年でさえ、自分は生まれてもいなかった。ビックブラザー、テレスクリーン、勝利ジン、ジューリア。。
物語のほとんどは、不気味な静けさとともに進んで行く。進んでいるのかもわからない。そのほとんどが暗くて冷たい。文学史の位置づけやそれに対して成された批評は、wikiにある通りらしいけど、それはそれで、今はそんなに重要ではないのかもしれない。
全てはもやがかかったように、全体的に灰色っぽくて、ひたすらに抑圧された息苦しさと、それとは正反対の白がたくさん混ざったエメラルドグリーンのような描写が、読者に必要以上の期待を抱かせないよう、注意深く綴られて行くような、そんな印象の物語。
そんな世界感の構築が進行していくなかで突然現れたジューリアの、「あなたを愛しています」というあまりにもシンプルな言葉は衝撃的で、一瞬その言葉の意味がわからない。その言葉はいったいどういう意味だっただろう、それくらいジョージ・オーウェルの描いた世界はそういうことを排除したものだったし、140ページかそこらでそんな世界に引き込んでしまう言葉の力を感じられずにはいられない。
この本が何故選ばれたのか。読み終えたあともしばらく消化できずにいたが、ユートピアであれディストピアであれ、未来を見通す確かな眼差しをもち、その世界を文章で構築するという社会的な責務を自らに課したジョージ・オーウェルというその人を、偉大な創作者のひとりとして、向きあわせたかったのだと思う。それがあくまでもディストピアであったということが、ものをつくる楽しみにとりつかれながらも、社会や世界の、目を背けてはいけない暗く冷たい部分をいつも頭の片隅においている岸さんらしい教えなのだろうと思います。そして未来にかかわるという。これはあくまで僕の感想ですが。
そしてそのすぐ後で、空前のベストセラーとなった村上春樹の1Q84。
初版が2009/05/30で、合同好評会が2月の終わり。ジョージ・オーウェルの「1984年」がどれだけタイムリーに僕のもとへやってきたのか、驚きとともに、気味が悪いくらいだ。
ミーハーに聞こえて構わないが、村上春樹は自分の中で別格で、その出会いも本当に偶然。
本を読むなんて全く縁の無かった自分が、大学一年の時にどういうわけか、ふと読んでみようとまとめて借りてきた村上龍のなかに一冊まぎれていた「ダンス・ダンス・ダンス」。村上ちがい。世間知らずの僕は村上春樹なんて当然知らなかった。多分今もそんなもんだろう。知らないことは知るまで知らないから。
何が好きで何がいいのかわからなかった不安な時期を少し通り越して、最近許せないことも多くなってきた。同時にそれが、そのものが持っている、潜在的な力を見つけにくくするフィルターとしてはたらかないよう、対象ときちんと向き合う必要性を感じている。今は少し違う種類のリアリティで建築をつくることに興味を持ちはじめた。
本を受け取って9ヶ月も経ってしまった今、やっとこのような返事を書こうとパソコンを開けば、月に水があったとかで世界は騒ぎだした。ものごとは連鎖している、ように見える。近いうちに月が二つ見えたらどうしよう。
それでもフラーとジョージ・オーウェルのかいた二つの物語は、そんな世界と自らが力強く向き合って生まれたものだったし、青豆だって、そうしようとしている。
ミジカド09閉幕
横浜美術館で行われたチャリティーコンサートと展示が無事楽しく終わりました。
開場して最初のプログラム説明のときに今回の展示のことを言ってもらうなど、やっておくべき手回しがうまくいっておらず、それは反省。そういう仕込みは周到にしないとせっかく色んなことを考えて用意したものが十分に活かせられなくなる。
あのような場所で、建築のプロジェクトを伝えるために、じゃばらの絵本のような形式をとってパンフレットのように持ち帰ってもらう方法をとってみたが、それは見せ方として正解だったと思う。せっかく持ち帰っていただいたので、メールなどの反響がいただけたら嬉しいなあ。。
ひとつ気になったのは、会場の設営から展示物の管理、もののレイアウトに関して、致命的にデザインの思考が欠けていること。段取り含め。
ミュージシャンと色々話せておもしろかった。自分の周りにはあんまり本気で音楽やってる人がいなかったから。話してみるとやっぱり本質的なところは近い。作家についてとか、ものづくりの姿勢とか。音楽は乗り越えていくものだからあまり保存したくない。という言葉は新鮮だったけど。コンセプトではないんだ。彼にとっての音楽は。
目の前でかっこよく演奏する彼らの雄弁さと比べると、展示で建築をプレゼンする自分はちょっと分が悪いか。いやそんなことはない。ただ表現した空間の奇麗さとか、コンセプトを理解してもらった手応えは、確かに感じた。建築の想像力とか表現力で切り込もうというアプローチは、チャリティーコンサートという場所とプログラムに対して、結構いい刺激を与えられたのではないかな。
このアイデアが実際にハイチに送られるということなので、また人の心を動かすことができるといい。
打ち上げは合唱の嵐。乾杯も解散も全部合唱。ほんとに歌うのが好きなんだなこの人たちは。
こんな愉快なおじさんたちは始めてだ。色んな大人に出会えるのは刺激になる。素敵な大人がいっぱいいるんだ。若い人だけでも大人だけでもダメなんだな。
枠組みを物語る建築
ミジカド。この言葉を覚えているだろうか。一年前に友達に招待された友達の紹介で偶然行くことになったチャリティーコンサートの名前です。ハイチに学校をつくる。それがみんなの目標。今年は10/11(日)に横浜美術館で行われます。光栄なことに、今回その会場で、僕の作品が展示されることになりました。あの日をきっかけに代表の高岡さんに色々お話を伺って構想したものを、会場である横浜美術館のコンサートホールのロビーに展示します。

まだ見ぬハイチの学校のまわりに構想されたひとつながりの空間。
ハイチの人々が描く色彩豊かで独特の表情をもつ絵。
この国の文化であり、記憶であり、希望である絵。
それを蓄積し、ひたすら絵で埋め尽くされる空間。
子供達によって、どんな絵が描かれていくのか。
それこそまさに、セスラの志そのもの。
去年の日記→切実さとは
あの時とは少し考えは変わっていて、建築の可能性は決してテクニカルな部分だけにある(本当に全てがそうだとは思っていなかったけど、この日記ではその欠如に対する危機感を表現していますね)のではなくて、思考の仕方だとか、ある事物に対する枠組みのつくり方だとか、意味だとか、具体的な絵としてビジョンを示すことだとか、そういうところにあると思っている。そしてこの作品は、物語をつくったということに近い。一年前、若きアーティスト達に感動させてもらった自分が、微力ながらも今度は彼らと同じ側に立って、少しでも人の心を動かすことができれば、それはとても嬉しいこと。
コンサートの期間のみ、ほんの数時間の展示です。
コンサートにも足を運んでみてください。是非。
詳細→ミジカド2009

